「万物ここに至りて皆潔斎にして清明なり」春を満喫できるこの時季、どんな風に過ごされますか?

4月4日は「清明(せいめい)」でございます。清明とは「清浄明潔」の略で、「万物ここに至りて皆潔斎にして清明なり」(万物がけがれなく清らかで生き生きしている)という意味。お隣の中国では「踏青(とうせい)」と呼ばれる、郊外へのお散歩がてら墓参をし、その後、芳樹の下や桃や李(すもも)の咲く中で酒宴を開き,春の盛りの山野を楽しむ風習があるそうでございます。

この「清明(せいめい)」を題名にした漢詩があるのをご存知でしょうか?作者は杜牧(とぼく) 803年- 853年。

「捲土重来(けんどちょうらい)」-敗れた者が、いったん引き下がって勢いを盛り返し、意気込んで来ること。という四字熟語は、彼の「題烏江亭」ー烏江亭(うこうてい)に題すーが出典となっており、同時代の李商隠(り しょういん)と共に「晩唐の李杜」とも称される詩人でございます。

「清明」  杜牧
清明の時節 雨紛紛、            せいめいの じせつ あめ ふんぷん
路上の行人 魂を断たんと欲す。      ろじょうの こうじん こんを たたんと ほっす
借問す 酒家は何れの処にか有る。    しゃもんす しゅかは いずれの ところにか ある
牧童遥かに指さす 杏花の村。       ぼくどう はるかに ゆびさす きょうかの むら
【出典】 『分門纂類唐宋時賢千家詩選』巻三。
七言絶句。紛(平声文韻)、魂・村(平声元韻)通押。
ご参考までに訳してみますと、
春の盛りを楽しむつもりが、雨がしとしと降ってきた。
折角旅に出たのに私の心まで雨模様だ。
そんな時、牛飼いの子供に出会う。
こんな気分の時は酒を飲むに限ると思い、子供に酒屋の場所を尋ねた。
子供は遥か遠くを指差し「あっちです」と教えてくれた。
その小さな指の先に杏の花が咲く村が見えた。
そのまま一幅の絵画を見るような美しい漢詩でございます。

日本でも、いわずと知れた「お花見シーズン」の「清明(せいめい)」。昨年の3月以降、「お花見」の是非が論じられておりますが、ここは中国に習い、この世ではなく各々の心の中に生きていらっしゃる方々のご冥福を祈ってから「お花見」というのはいかがでしょうか?

空気までもが淡いピンク色に染まる日本の春が、祈りと希望に満ちたものとなるよう祈念いたします。

Photo By "KIUKO"

雄一堂/紫青

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