41歳、スキージャンプという競技においては異色の存在と言える葛西紀明。多くの最年長記録を持つ男が、五輪での最年長金メダルを目指す。 photograph by Shino Seki

41歳、スキージャンプという競技においては異色の存在と言える葛西紀明。多くの最年長記録を持つ男が、五輪での最年長金メダルを目指す。 photograph by Shino Seki (Number Web)

 今も忘れられない光景がある。2010年バンクーバー五輪のジャンプ団体の日のことだ。

 日本の最終ジャンパーを務めた選手がミックスゾーン(取材エリア)に姿を現すと、記者が押し寄せ、数十人の輪ができた。

 その集団を形成したのは、大手通信社をはじめ、ドイツ、カナダなど各国の海外の記者たちであった。

 優勝した選手に劣らない注目を集めたその人こそ、葛西紀明である。その光景に、海外における葛西への注目度が表れているようだった。

 あれから4年。

 葛西は1月7日、ソチ五輪の日本代表に選ばれた。

 41歳でのオリンピックであり、実に7度目の選出である。冬季五輪では世界でも史上最多出場となる。初めて出場した'92年のアルベールビル五輪から数えて22年もの間、第一線にいるのだ。

世界の観客を虜にした「カミカゼカサイ」。

 葛西は、海外では昔から人気のある選手だった。

 最初に脚光を浴びたのは、'92-'93年シーズンである。スキー板よりも身体が前に出た深い前傾姿勢で飛ぶ姿は、観戦する者には恐ろしくもあり、勇敢にも映った。その独特のフォームでワールドカップ総合3位の活躍を見せると、ヨーロッパで「カミカゼカサイ」と呼ばれるようになった。

 その後も、オリンピックでは'94年のリレハンメルでの団体銀メダル、世界選手権では'99年のラムソーから'09年のリベレツでの大会までの間に、銀2、銅4のメダルを手にしている。ワールドカップでは船木和喜と並び日本最多タイの15勝である。

 鮮烈な「世界デビュー」、そしてその後長きにわたっての活躍があったからこそ、バンクーバー五輪であれだけ海外のメディアが注目したのだ。今シーズンも、年末から年始にかけて行なわれる「ジャンプ週間」では、各会場で観客から大きな拍手を受けたという。

 そこにあるのは、敬意にほかならない。

 20代が主流のジャンプ男子にあって、40代にしてなお国際大会で渡り合う姿。その裏にある鍛錬と自己管理を思えば、称えられるのは当然のことだ。

「みんなが持っているのに、僕だけ持っていませんからね」

 世界でも異例と言える軌跡を描けた秘訣は、葛西の「思い」にある。

 以前、インタビューしたとき、葛西は言った。

「多少ありますね。競技のレベルで言えば、本当はワールドカップのほうが高いと思う。でもやっぱりオリンピックで勝つことが一番評価されると思うんですよ」

 何について「多少ありますね」と言ったか。それは国内と海外からの評価のギャップだった。経歴を振り返れば、まぎれもなく日本のトップジャンパーの一人である。海外では尊敬を集める存在だ。だが国内では認知度において、第一線で活躍してきた他の選手と比べて低い面があるのは否めない。

 その差がどこから来るかは自覚している。オリンピックの金メダルである。上のコメントはこう続く。

「原田(雅彦)、船木、斉藤(浩哉)、岡部(孝信)、みんなが持っているのに、僕だけ持っていませんからね」

 日本でのオリンピックの存在の大きさ。

 もしかしたら、長年活躍してきたベテラン選手への敬意よりも、若い選手、若い選手へと目が向きがちな風潮も影響しているかもしれない。

「レジェンド」はソチで最年長金メダルを目指す。

 いずれにせよ、葛西は悔しさを抱え「いつかは金メダルを」と取り組んできた。

 迎えた今シーズンは、近年ではもっとも調子がいいと言ってよい成績を残してきた。ワールドカップの初戦こそ27位に終わったが、その後の個人戦では、出場した9戦すべてで10位以内。第6戦では3位と表彰台に上がり、ジャンプ週間では日本勢トップの総合5位。葛西自身にとっても、8シーズンぶりの総合10位以内となったのだ。

 葛西以外の日本勢も好調であるように、好成績の背景には、用具で劣ることが少なくなってきたこと、ルール改正が落ち着いたことで本来の技術を発揮できるようになったこと、ナショナルチームとしての強化などが確かにある。

 しかしそうだとしても、ここまでトレーニングを怠らず、練習や試合に飽くことなく取り組んできた葛西自身の尋常ではない努力が核にあるのは間違いない。そしてそれを支える精神力も忘れるわけにはいかない。

「今の調子から行けば、(ワールドカップ日本最多の)16勝をつかめるかもしれません。(ソチでは)金メダルを目指したいですね」

 海外では「レジェンド」とも称えられる41歳のジャンパーの意欲に、衰えは一向にない。


(松原孝臣 = 文)

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